体調不良で先月19日午後から27日まで公務を休んでいた飯能市の大久保勝市長(65)は、28日の「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」開園20周年記念式典に元気な姿を見せた後、週明けの30日から公務に復帰した。30日、同市長は文化新聞の取材に「皆さん方にご心配をおかけした。(体調は)前と同等か、それ以上。気持ちも含めて改善している」と述べた。当初、大久保市長が体調を崩したのは出先の九州とされていたが、本人取材で福岡へ向かう途中の新幹線の車内だったことが分かった。

 大久保市長は、飯能市と姉妹都市提携を結ぶ米国カリフォルニア州ブレア市の市制施行100周年を記念、野田直人市議会議長ら市民有志とともに「親善市民訪問団」を結成、19日に日本を離れ、24日に帰国する予定だった。

 ブレア市では、市制施行を祝う100周年記念式典への出席など、団長として飯能・ブレア両市の友好を深めるための各種行事への参加が予定されていた。

 ところが、渡米直前になって「九州(福岡)の無二の親友が死去した」ため、急遽予定を変更、19日の市役所での訪問団出発式後、九州へ行き、その後1日遅れでブレア市へ向かい、訪問団に合流することに。が、体調を崩し、1週間の安静療養を要するとの医師の診断により、自宅で療養を続けていた。

 体調不良でブレア市訪問をキャンセルした記事を、24日付けで本紙が掲載した以降、飯能市内では「市長の容態はどうなのか」「自宅療養と書いてあるが、本当は症状が重く、大きな病院に入院しているのではないか」などといった憶測や心配する声が相次いで聞かれた。

 大久保市長によると、友人の訃報が入ったのはブレア市出発当日の朝。亡くなったのは、大学時代(大東文化大学)からの友人男性で、「ずっとお世話になっている人物」。公務であるブレア市訪問は中止できないため、福岡で亡骸と対面した後、20日にはブレア市に向かうスケジュールへと切り替えた。

 同市長は、19日午後2時5分の飯能駅初レッドアローに乗車。その後、同3時半の博多行き新幹線で福岡へと向かったが、途中の車内で体調を崩し、「このままでは博多まで行けない」と判断、新神戸駅で下車し、「時間も押しているので」神戸市内のホテルで体を休めたという。

 神戸市内のホテルで安静にしながら一泊した大久保市長は、翌20日に福岡へ向かい、死去した無二の親友と対面したという。

 福岡でも依然として体調が回復しないため、同市内の医院を受診。そうしたところ、「過労と風邪。1週間の療養が必要」との診断を受けた。ブレア行きについて「機内でさらに体調が悪くなったら、搭乗者全員に迷惑をかけてしまう」と熟慮の末、断念。

 そして福岡市内のホテルに宿泊し、台風21号による飯能への影響が危惧されたことから、21日夜に欠航の恐れがある飛行機を避け、新幹線で飯能へ戻り、27日まで名栗の自宅で療養を続けていた。19日から21日までの間、秘書室長が同行していた。

 掛かった福岡の医院では服用する薬の処方以外なく、自宅での療養中、医療機関は受診していないという。

 大久保市長は、「本当に皆さんにご心配とご迷惑をおかけした。また、土曜日に復帰したが、大勢の人にお見舞いの言葉も頂いた。その間にもメールが入ったりした。今まで以上の元気さでやっていく。今後も、しっかりと汗をかくことにひるまない」と、回復した体調をアピール。

 ブレア市を訪問出来なかったことについては、「100周年という節目の年に呼んで頂いて申し訳なく、非常に残念に思っている。福岡からの航空チケットも取ってあった。このようなことになってしまい、残念の一語に尽きる」としている。