栽培中の菊の苗を指差す大久保さん(自宅敷地内に設けられた作業用ハウス内で)

栽培中の菊の苗を指差す大久保さん(自宅敷地内に設けられた作業用ハウス内で)

 「昭和の終わりの頃は、周りで30人くらいが競うように菊をやっていたもんだ。それが、みんな死んでしまって、今は自分一人だけだよ。寂しくなったなあ」。

 そう話すのは、昨年11月開催の第48回「埼玉菊花展覧会」(埼玉県菊花連盟主催)で農林水産大臣賞を射止めた、飯能市落合の大久保辰三さん(88)(飯能市花の会会員)。愛情を注ぎ、丹精込める菊花作り。

 惜しまずにひたすら手間をかけ、秋になって咲き匂う菊との対面は、至福の喜びだ。同好の友が鬼籍に入るのは、世の宿命とは言え寂しいが、大輪の誕生を思い描いて、皆の分までと今日も手入れに勤しむ。

 入間川の右岸に位置する落合地区は、中心市街地から南に離れたのどかな田園地区。農業所得のみで生計を営む農家が、まだまだ見られた昭和の後半、同地区には菊花園芸を趣味にした同好会「落合菊花会」があった。

 盛会時の会員は約30人。会員たちは、農作業などの合間を見計らっては、花に向かった。互いに出来栄えを競い、酒を飲んで技術論に口角泡を飛ばした。

 大久保さんが菊と出会ったのも、その頃だ。誘われるまま門戸を叩き、知り合いから「一鉢か、二鉢もらい」(大久保さん)、庭先に置いて取り組んだ。

 「面白い」。どんどんのめり込んだ。どうすれば、姿形の良い菊ができるのかと、通信教育も申し込んだ。優秀な成績で卒業し、審査員の資格も取得した。以来、「菊がない人生はつまらない」と言い切る、熟練の域にまで達した。

 農林水産大臣賞は「福助厚物の部」で受賞した。一本仕立ての菊を高さ40センチほどに抑え、鉢よりも大きな花を盛り上がるように咲かせる、作り手の技量が大きく試される部門だ。

 花色は、花弁に触れると黒色の染みが出来てしまう、デリケートな「白色」。菊の審査会ではバランス、色、開花具合などが総合的に評価される。満開にわずかでも、咲き切ってもだめ。開花ピークの瞬間を審査会当日に合わせるよう、コントロールしながら微妙な手入れをするのがコツだ。

 大久保さんは培った経験と長年のカンで、純白、美麗な大輪を当日の会場に咲かせた。

 菊づくりは通年。毎年4月、切った菊の茎を「小鉢」に植える射し芽の作業を100本ほど行い、成長の過程で、「中鉢」「大鉢」へと移植を繰り返す。ここまでが7月上旬までのおおよその作業。菊は蕾をつけ、11月、作り手の労苦に応える。

 競技花の部門には前述の福助厚物、1本の茎から途中で3本に分かれ、高さがそれぞれ異なる「天」「地」「人」に仕立てる「3本立」などある。28年度県菊花連盟地区菊花展第55回飯能市文化祭菊花展で優等1席・県知事賞を受賞したのは、薄ピンク色に咲くこの3本立だ。

 満足のいく菊花ができるのは、10本のうち、「1~2本ほど」。生育が天候に大きく左右されるため、天気予報の確認も怠らない。テレビだけでなく、最近はノートパソコンを操作し、インターネット経由で飯能地方の天気をピンポイントでチェックする。

 平成18年、胃がんに襲われ、患部を切った。腰も曲がってきたが、「やめるわけにはいかない。半田会長がいる限り(市花の会会長の半田武二郎さん)」と、意気軒高。

 盆も、正月も休まない、菊作りに打ち込む生涯。「菊のために、生きてるようなものね」。連れ添う豊子さんが、傍らで微笑んだ。

 第48回埼玉県菊花展覧会表彰式は2月1日、さいたま市にある県民健康センターで午後2時半から行われる。飯能からは、大久保さんと半田会長以下、受賞した大桃岩男さん、小川義一さん、本橋勇さん、小池昭利さんが式典に臨む。