飯能織物協組の建物保存を 歴史遺産を活かし街づくり

歴史的価値の高い飯能織物協同組合事務所

 織物の街・飯能の観光拠点としても貴重な飯能織物協同組合事務所(飯能市仲町)の建物を残すべき、と同市柳町の建築家・浅野正敏さん(66)は、危機感を語る。

 同事務所は、同組合事務所として大正11年の建築。構造は、木造総2階建て、寄棟、瓦葺で、外壁は、長い板を横に張り、上に重ねていく下見板張りという洋風建築。洋風でありながら、屋根の両端にしゃちほこが据えられ、独特の和洋折衷様式を今にとどめている。

 近世以降、飯能地域は、西川材のほか、養蚕や織物産業で栄えた。絹の検査や関係する税の徴収は、すべて同事務所で行われたという。その取引で蓄えた財力で、武蔵野鉄道(現西武鉄道)を呼び込むことにも成功している。

 浅野さんは、「武蔵野鉄道の事務所が置かれていたという話もあり、飯能の観光拠点としてもふさわしい」と、話す。

 浅野さんは、環境保護運動で知られるほか、「飯能の文化遺産を活かす会」会員として、建築士の立場から、街づくりや貴重な建築物の保存活動に力を入れてきた。

 「街の中の貴重な建築物が、消えていくのは残念。かろうじて残っている文化遺産や歴史を活かした街づくりが重要」。

 高麗横丁にあった立派な店蔵造りの大河原薬局や、フランク・ロイド・ライトの高弟が設計した旧平岡レース事務所棟などは取り壊されたが、残すべき建物だったと残念そう。

 埼玉県建築士事務所協会に属し、景観資源の保全活動に携わっている関係から、同事務所の屋根裏などにも上って調査している浅野さんは、「存続していくのに限界がある。世界遺産の富岡製糸場から横浜にかけてのシルクロード構想実現のために不可欠な施設。また、アニメの影響もあり、飯能ののんびりしたレトロな雰囲気に惹かれ、訪れる人が多くなっている」と、同事務所の保存・活用と街づくりへの思いを語っている。

 浅野さんは、昭和25年、同市柳町生まれ。川越工業高校で建築を学び、大宮で会社員を経験した後、昭和54年、市内で独立開業。自営の傍ら、多摩美術大学で大学院まで進み環境デザイン修士課程修了。環境や歴史遺産保存など様々な分野で提言活動を行っている。