会場いっぱいに埋めた支援者に向かって報告する内沼県議

会場いっぱいに埋めた支援者に向かって報告する内沼県議

 飯能選出の内沼博史県議(59)=自民=の県政報告会が23日、飯能市民会館で開かれ、会場の小ホールが約300人の支持者で埋め尽くされた。同後援会(宮内重利会長)の主催。

 報告会には大塚拓衆院議員、今夏に選挙を控えた関口昌一参院議員、自民党県議団長の小谷野五雄県議、大久保勝飯能市長らが駆け付け、内沼県議の政治姿勢、県会での活動などを称賛した。

 神山和久後援会筆頭副会長の開会の言葉の後、宮内後援会長が「ちょうど1年前、内沼博史君が立候補した時、皆様方のご支援で県議会に送り出して頂いた。感謝申し上げる」と挨拶。

 続いて、大久保飯能市長が登壇し、「皆さんと同じように内沼県議を応援している。私が2期、内沼県議が1期の時、市議で一緒だった。そして、椙田議員とともに同じ会派だった」とした上で、「内沼議員は何よりも熱心である。素晴らしい県議が生まれた。1年目だが、市民の皆さんの間ではもう20年もやっているかのような知名度である。内沼県議の素晴らしさは小さなことからやることである。市議から県議になると、とかく上から目線になるが、内沼県議はそのようなことはない」と、その政治姿勢を称えた。

 自民党県議団をたばねる小谷野県議は、「93人いる県議の4分の3が東部と南部、残りが西部と北部である。そのため、県予算も東部と南部に落ちる。西部地区をどうしていったらいいか、ということを内沼県議とはよく話をする」とし、「とかく飯能は県議の任期が短く終わる方が多かった。私も3人と一緒にやっている」と、過去の飯能選出県議の〝2期止まり〟に言及。

 「やっと、慣れたところで交代ということではなく、しっかりと地に足が着いた県議に、今日お見えになっている皆さんには育てて頂きたい。それだけの人材である」と呼び掛けた。

 この後、自民党参議院幹事長代行の関口参院議員(秩父)、公明党国会対策副委員長の岡本三成衆院議員(所沢)、飯能市議会の砂長恒夫議長、同市議で埼玉西部消防組合議会の野田直人議長が来賓祝辞。

 中で、内沼県議と飯能一中、飯能高校と同級だった野田議長は「今から約50年前、第1回目の少年サッカー大会があり、私は飯能一小、内沼県議は加治小のチームで、お互い決勝に残った。その時は私のチームが優勝し、内沼県議は準優勝だった」と当時を振り返り、「過去は若干、私の方がリードしていた」と会場を沸かせた。

 さらに、「内沼県議が恵まれているのは小谷野五雄県議(日高)、斎藤正明県議(入間)に囲まれていること」などと続け、両県議の力添えに感謝するなどした。

 日高市での行事に出席、遅れて会場に駆け付けた大塚衆院議員は「今、観光は地域の資源として注目を集め、国、県、市で活性化を図ろうとしている。日高市は高麗郡建郡1300年、飯能市にはメッツァができる。飯能市だけで呼び込めなかった客も日高市と一体としていくことによって訴求していく」などとこれからの近隣関係の重要性を指摘。

 「小谷野県議、内沼県議の関係の中で、この飯能市はその推進力が増す。内沼県議はパワー、情熱、フットワークが抜群だ」などと期待を寄せた。

 ▽内沼博史県議の報告(概略)

 昨年4月の県議選では今日のこのように大勢の方々にお集まり頂いた。大勢の皆さんからのお力で、飯能の隅々からのお力で私を県議に引き上げて頂いた。改めて御礼申し上げる。

 私はその選挙戦を通して縁と恩というお話をさせて頂いた。地域、地域の皆様とご縁を結ばせて頂く。その声を私が県政、国に届けてご恩返しをする。それが1年前の私の県議選の大きなテーマだった。

 大久保市長はこの飯能市を活性化させ、日本一にするためにさまざまな取り組みをしている。一緒になって取り組ませて頂く。一つになって取り組むこと、それは私の原点である。

 私は昨年の10月2日、一般質問を行った。その中で1番目に言わせて頂いたのは、地方創生が叫ばれている中、この埼玉県の施策はどうしても東部、南部に偏ってしまう。この西部地域が一体となって発展していかなければ、県の発展はないということを話させて頂いた。その中で、やはり観光である。

 飯能市は来年、ムーミンのテーマパークがオープンする予定である。来年の日高には日本一のマンジュシャゲ、高麗郡建1300年も5月には開かれる。また、川越の蔵づくり、狭山・入間の狭山茶などがある。秩父は西武鉄道と一体となった取り組みをしている。

 このような西部地域の観光を一つの市でおのおのが取り組んでいくのでは、どうしても限界である。これを一つの大きな枠組みとして観光振興、地域の発展を図っていく取り組みが必要ではないか。それがDMOという取り組みである。

 地域の一体となった観光の取り組みをプラットホームとして一つの組織を作る。その中で、おのおのの地域のまちづくりの取り組みを一つのプラットホームからさまざまなところへ発信し、一つとなって取り組んでいく。

 一つの自治体ではできないことを、大きな自治体組織の中で取り組んでいく、これが日本版DMOである。これは飯能市だけでは取り組めない。

 私は1年前の選挙戦を通じて、元気な高齢者の方々をアクティブシニアと呼ばせて頂いた。アクティブシニアの皆様がそれぞれの地域でさまざまな活動をする場面で皆様の能力を発揮する場所を市町村、県のおのおののところで作っていく。これがこれからの高齢者社会の中で重要な取り組みになると思う。

 今年度の県の予算の中で、アクティブシニアの活躍支援も予算付けして頂いた。新しい取り組みをするシルバー人材センターや、アクティブシニアの取り組みをしている市町村に対しては支援していく事業も今年度始まる。皆様方の能力を飯能市、県西部で生かせて頂ければと思う。

 また、同じように女性が活躍をする場をもっと作っていこうということで、昨年もお話させて頂いたが、このような取り組みも今、県でウーマノミクスをさらに進化させて取り組んでいく。女性が働きやすい職場環境、また、保育所その他、子育てしやすい環境を作っていく。これが私たち、政治に関わる者の使命である。

 私は一般質問で地域の問題もいくつか取り上げさせて頂いた。その中で、阿須地区のJR八高線の阿須ガードの拡幅が長年の地域の課題としてある。今日の文化新聞に阿須ガードの記事として掲載されたが、県に要望書を提出させて頂いた。

 地域のさまざまなすみずみのところまで私は顔を出し、ぜひ皆さまの声を県に届けたい。皆様の声が私の力になり、糧になる。それが市議会議員当時からの私の政治のポリシー、原点である。